読書をすれば、新しい知識や考え方を得ることができる。
だが、「知識を得ること」と「人間として成長すること」は、必ずしも同じではないだろう。
心理学の本を100冊読んだとしても、それだけで他者への理解が深まり、対人関係が良好になるとは限らない。
では、読書の価値とは何だろうか。
一般的に、読書は「良いこと」だと捉えられている。その理由としては、次のようなものが考えられる。
他者の知識や知恵に触れることができる。
日常の問題を解決するためのヒントが得られる。
物語を通じて、異なる価値観や感情に触れることができる。
思いつくだけでも、読書にはさまざまな価値がある。
さらに、読書は知識を増やすだけでなく、「人間的な成長」にもつながると言われることがある。
しかし、本を読むことは、本当に人としての成長につながるのだろうか?
そもそも、人間的な成長とは何を意味するのだろうか?
この記事では、読書と認知機能に関する研究や自己成長理論を手がかりに、この問いについて考えてみたい。
目次
読書で人は成長するのか
まず、議論の出発点として「知識の獲得」「認知機能」という2つの概念を整理しておきたい。
知識の獲得:新しい情報や考え方を学び、理解すること。
認知機能:記憶、注意、言語、推論など、情報を受け取り、処理するための心の働き。
読書と認知機能の関係
読書をすると頭がよくなるのだろうか。
頭の良さ、すなわち記憶、注意、言語、推論能力など、さまざまな脳機能は読書によって培われるのか。
読書と認知機能の関係については、これまでにさまざまな研究が行われている。
まず一つ目に紹介したいのは、2024年に学術誌『Psychological Medicine』に掲載されたSunらの研究。
米国の子ども1万人以上のデータを分析。幼少期の読書習慣と青年期初期の能力を評価している。
幼少期から読書を続けていた子どもほど、認知テストの成績が高い傾向が報告された。
この研究では、幼少期の読書と成人期の認知能力との間に有益な因果的関連が示唆された。
しかし、この研究はあくまでも幼少期の読書週間。
高齢者を対象とした研究では、必ずしも一致した結果が得られているわけではない。
二つ目、2018年に発表されたSörmanらの研究。
55歳以上の1,157人を最大15年間追跡。
結果、頻繁に本を読む人ほど、言語流暢性やエピソード記憶の成績が高い傾向が認められた。
しかし、読書頻度と認知機能の低下速度との間には、明確な関連が確認されなかった。
さらに、若い頃の知的能力を考慮すると、読書習慣と中年期の認知能力との関連は認められなくなった。
つまり、読書によって認知能力が高まった可能性も、認知能力の高い人が継続して読書をしている可能性もある。
これに対して三つ目。2021年に学術誌『International Psychogeriatrics』に掲載されたChangらの研究。
台湾の64歳以上の高齢者1,962人を14年間追跡。
週1回以上読書する人ほど、その後の認知機能低下が少ない傾向が報告された。
具体的には、14年という長期にわたって「認知機能低下のリスクが低い状態(およそ半分)」が持続している。
この関連は教育水準の違いによらず確認されている。
ただし、観察研究であるため、読書そのものが認知機能の低下を防いだと断定することはできない。
また、認知機能と直接関係しないものの、読書習慣にはもともとの個人特性が関係している可能性もある。
四つ目、2025年に発表されたZaretskyとLangeの学会研究。
935人の成人を対象に、読書習慣とビッグファイブ性格特性の関連が調べられた。
その結果、開放性や誠実性の一部の側面と読書習慣には弱い関連が認められた。
ただし、全体として相関は小さく、多くの項目では統計的に有意な関連が確認されなかった。
この研究は、読書習慣と個人の特性との関連性を考えるうえで参考になる。
性格という第三の変数が、読書習慣と認知機能の両方に影響を与えている可能性があるからだ。
ビッグファイブとは
人の性格を5つの因子に分ける理論。それぞれが他者と比べてどの程度の水準にあるのかを測定する。
神経症傾向:不安やストレスを感じやすく、感情が揺れやすい傾向。
外向性:刺激や対人交流を好み、活発に行動する傾向。
経験への開放性:新しい経験や発想、美や抽象的なものに惹かれやすい傾向。
協調性:思いやりがあり、他者と調和的に関わろうとする傾向。
誠実性:計画性や責任感があり、物事をきちんと進めようとする傾向。
以上の研究から、読書習慣と良好な認知機能には一定の関連があると考えられる。
しかし、読書をすれば認知能力が向上する、加齢による認知機能の低下を防げるとまでは言い切れない。
なぜなら、読書と認知機能の関係には、少なくとも次の3つの可能性が考えられるからだ。
読書から認知機能への影響:読書によって、言語能力などの認知機能が高まる可能性。
認知機能から読書への影響:もともと認知能力が高い人ほど、読書を楽しみ、習慣にしやすい可能性。
第三の要因:教育、家庭、経済状況、好奇心などが、読書習慣と認知機能の両方に影響している可能性。
実際には、これら要因が複雑に関係しているのかもしれない。
読書習慣と認知能力に関連があるという事実だけで、読書が認知能力を高めたと結論づけることはできない。
そして、仮に読書によって認知機能が向上したとしても、それが人間的な成長を意味するとは限らない。
そもそも、知識や認知能力が高まることと、人間として成長することは同じなのかという問題もある。
知識獲得や認知機能の向上は成長なのか
知識の獲得とは、新しい情報や考え方を学び、理解すること。
簡単に言えば、知っていることを増やすことである。
一方、認知機能とは、記憶、注意、言語、推論など、情報を受け取り、処理するための心の働きを指す。
知識が増えることや認知機能が向上することを、広い意味で「成長」と呼んでも間違いではないだろう。
しかし、そこに「人間的な」という言葉が加わると、話は一気に曖昧になる。
そもそも、人間性とは何だろうか。広い意味では「人間らしさ」と言えるかもしれない。
では、その「人間らしさ」とは何なのか。
何を人間らしいと考え、どのような変化を望ましい成長と捉えるか。
時代や文化、個人の価値観によっても異なるだろう。
こうした問いを突き詰めると、哲学や倫理学の領域にも踏み込むことになる。
そこで今回は、人間的成長を考える一つの手がかりとして、心理学の研究を参考にしたい。
取り上げるのは、心理的ウェルビーイングの研究で知られる心理学者キャロル・リフ博士の理論である。
人間的な成長とは何か
心理学には、ウェルビーイング(持続的な幸福や良好な状態)という研究領域がある。
その代表的な理論の一つに、心理学者キャロル・D・リフが提唱した心理的ウェルビーイング(PWB)がある。
心理的ウェルビーイング(Psychological Well-being)
幸福を単なる喜びや満足感だけでなく、人生の目的や自己成長など、さまざまな側面から捉える理論
2026年には、リフ博士が自身の研究を振り返り、その知見を整理した論文が発表されている。
ここでは、これらの論文を参考にして「人間的成長」とは何かを考えてみたい。
心理的ウェルビーイング(PWB)とは
リフ博士のウェルビーイング研究は、心理学と哲学の融合と言えるかもしれない。
論文のタイトルにある通り「エウダイモニア」を最初に提唱したのは古代ギリシャのアリストテレス。
さらに「マズローの欲求階層」や「ユングの個性化」などの有名な理論も下敷きにしている。
心理的ウェルビーイング・6つの条件
自己受容(Self-Acceptance)
自分に対して過度に批判的ではなく、過去の自分とも和解できていること。
人格的・個人的成長(Personal Growth)
人生の停滞感を感じておらず、自分をアップデートし続けられていること。
人生の目的(Purpose in Life)
「自分は何のために生きているのか」「どこに向かっているのか」という軸が感じられること。
温かい人間関係(Positive Relations with Others)
孤立しておらず、他者への共感性や、親密な関係を維持するための妥協・思いやりがあること。
環境制御力(Environmental Mastery)
周囲の状況にただ振り回されるのではなく、自分の力で環境をコントロール・適応できている感覚。
自律性(Autonomy)
他人からどう見られるかではなく、「自分はどうしたいか」で物事を決められる独立性があること。
PWBでは、自分らしく生き、他者と関わりながら、可能性を発展させていくことも含めて幸福と捉えている。
心理学から考える人間的成長
PWBにおいて、今回のテーマと特に関係するのが、6つの構成要素の一つである「Personal Growth」だ。
人格的・個人的成長(Personal Growth)
新しい経験に開かれ、自分の可能性を発展させている。
継続的に学び、変化し、成長していると実感できること。
リフ博士は、自己成長の程度を測定するための尺度を開発している。
その得点が高い人と低い人の特徴を次のように整理している。
高得点:継続的な発達や成長を実感し、新しい経験に開かれている。
自分の可能性を認識し、自己理解や行動が時間とともに改善していると感じている。
低得点:自分の成長に停滞感があり、人生に退屈さや無関心を感じている。
新しい考え方や行動を身につけられるという感覚が乏しい。
まず取り上げたいのが、自己成長の特徴として「新しい経験への開放性」が含まれていることだ。
これは、先ほど紹介したZaretskyとLangeの学会研究とも関連づけて考えることができる。
935人の成人を対象に、読書習慣とビッグファイブ性格特性の関連が調べられた。
想像力の豊かさに関する開放性の項目や、誠実性の一部の項目と読書習慣には関連が認められた。
ただし、全体として相関は小さく、多くの項目では統計的に有意な関連が認められなかった。
したがって、この研究から、読書好きな人ほど人間的に成長していると結論づけることはできない。
そもそも、(経験への)開放性には遺伝的な要因も関係している。
そうした個人差を、人間的な成長や優劣の基準として扱うことには慎重であるべきだろう。
生まれ持った傾向の違いを、そのまま人間としての成熟度の違いとみなしてしまうのはいかがなものか。
特定の性格特性を持つ人だけを高く評価することにもつながりかねない。
また、ビッグファイブの「経験への開放性」と、リフ博士の「新しい経験への開放性」
両者は共通する部分があっても、同一の概念ではない。だが、全くの無関係とも言い切れない。
では、リフ博士の理論から、人間的成長をどのように考えればよいのだろうか。
一つの重要な要素は、自分自身が継続的に学び、変化し、成長していると実感できることだろう。
ただしそれは、成長したと思い込むことだけを意味しない。
新しい経験を受け入れ、自己理解を深め、考え方や行動を変化させていくことも含まれる。
また、PWBには自己受容、人生の目的、他者との肯定的な関係、環境制御力、自律性という5つの構成要素もある。
これらは人がよりよく生きるうえで、互いに関係し得る側面だと考えられる。
こうして考えると、人間的成長を、知識や能力を増やすことだけだと捉えることはできないだろう。
読書とどう向き合うか
ここまで、読書による知識の獲得、認知機能との関係、そして人間的成長について考えてきた。
読書習慣と良好な認知機能には一定の関連が認められる。
しかし、読書そのものが認知機能をどの程度向上させるのかについては、十分に明らかになっていない。
また、読書によって知識や考え方が増えたとしても、それだけで人間的成長が保証されるわけではない。
では、私たちは読書とどのように向き合えばよいのだろうか?
読書と人間的成長
ここまで、読書による知識の獲得、認知機能との関係、そして人間的成長について考えてきた。
では、人間的成長を目的とするなら、読書とどう向き合えばよいのだろうか。
読書という経験を通じて、自分自身をどう理解し、考え方や行動がどう変わっていくのか。
こうした問いにも意味はあるだろう。
しかし、成長を目的とするのであれば、問いの順序が逆ではないだろうか。
自分自身をどう理解したいのか。考え方や行動をどう変えていきたいのか。
こう考えると、私なりの結論はシンプルだ。
人間的成長を目指すのであれば、読書は目的ではなく、そのための手段として捉えるべきだ。
少なくとも、認知能力が高まるから、共感力が身につくから、人間的に成長できるから。
こういった理由だけで、誰もが「読書するべき」だとは言えない。
読書が認知能力を高める行動だと結論づけることはできない。
読書が好きな人ほど、人間的に成長していると結論づけることもできない。
読書そのものが、世間で言われているほど「万能な処方薬」と言えるわけではない。
「何を知りたいのか。自分はどう変わりたいのか。そして、これからどう行動していきたいのか」
成長を目指すのであれば、まずはそうした目的を考えることが大切なのではないだろうか。
ベストセラーという理由だけで手を出してないかニャ?
読書は目的ではなく手段
本を読めば、新しい知識や考え方を得ることができる。
これまで知らなかった世界に触れ、自分の視野が広がることもあるだろう。
しかし、知識が増えることと、人間として成長することは同じことを意味するわけではない。
読書にはさまざまな価値があるが、読書量や知識量がそのまま人間的成長につながるとは限らない。
先ほど紹介したリフ博士の心理的ウェルビーイング理論では、自己成長を次のような側面から捉えている。
継続的な発達や成長の実感
自己理解の深化や新しい経験への開放性
自分の可能性の実現や、考え方・行動の変化
ただし、これらは自己成長を捉えるための一つの心理学的な枠組みであり、「人間的成長」の唯一の定義ではない。
そもそも、何をもって成長とするのかは、必ずしも明確ではない。
たとえば、以前より周囲に合わせて行動できるようになったとして、それは人間的成長なのだろうか?
それとも、環境に適応しただけなのだろうか?
行動が変化したという事実は同じでも、その変化をどう評価するかは、人によって異なるはずだ。
私自身は、人間的成長には、こうした「主観的な意味づけ」が大きく関わっていると考えている。
人は自分の経験を振り返り、そこに意味やつながりを見いだす。
その過程で、過去の自分と現在の自分を比較し、「成長した」と感じることもある。
客観的に確認できる能力や行動の変化もある。「成長したね」と直接指摘されることもある。
しかし、その変化を「成長」と呼ぶかどうかには、本人の価値判断も関わってくる。
人間的成長とは、変化をどのように受け止め、意味づけるかという問題でもある。
そう考えると、何冊の本を読んだかという数字に、大した意味はないだろう。
何かを学びたいから本を読むのか。それとも、本を読むことで自分の目指す方向を探したいのか。
読書によって何を知り、その知識や経験を自分の人生とどう結びつけていくのか。
すべての読書に明確な目的が必要なわけではない。
娯楽として物語を楽しむことにも十二分の価値がある。
何気なく手に取った一冊が、新しい目的を見つけるきっかけになることもある。
しかし、いくら難しく、分厚く、高尚な本であろうと、読むこと自体が人間的成長を保証するわけではない。
読書は、自分自身を理解し、これからの生き方を考えるための手段の一つなのだ。
だからこそ、その読書が自分にとってどのような意味を持つのかを大切にしたい。
免責事項
本記事は、各種データや社会的な視点をもとに、筆者個人の見解として考察をまとめたものです。
取り上げたテーマには多角的な議論や様々な立場が存在します。
また、記事の内容は客観的な正解や絶対的な基準を保証するものではありません。
あくまで物事を考える上での一つの視点として、ご自身の価値観や判断を大切にしながらお読みください。
参考文献
Sörman et al. (2018) “Reading Habits Among Older Adults in Relation to Level and 15-Year Changes…”, Frontiers in Psychology, 9, 1872.
Sun et al. (2024) “Early-initiated childhood reading for pleasure…”, Psychological Medicine, 54(2), 359–373.
Chang et al. (2021) “Reading activity prevents long-term decline in cognitive function in older people…”, International Psychogeriatrics, 33(1), 63–74.
Zaretsky & Lange (2025) “Associations Between Reading Habits and ‘Big Five’ Personality Traits in Adults”, KAMC2025, Conference Abstract, The IAFOR Research Archive.
Ryff (2014) “Psychological well-being revisited: advances in the science and practice of eudaimonia”, Psychotherapy and Psychosomatics, 83(1), 10–28.
Ryff (2026) “Eudaimonia as Personal Growth: Decades of Research and Needed Future Directions”, Behavioral Sciences, 16(6), 966.
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