内向型は、思索が得意な性質を持っている。
じっくりと物事を考え、慎重に決断し、すぐには動かない。
そうした内向型の「思索的」な性質は魅力的であり、行動派の外向型よりも考える時間を多く持つ傾向がある。
しかし今回は、あえて「外向型の思索」についても考えてみたい。
単刀直入に言えば、外向型の思索とは、行動と結果を参照しながら論理を組み立てていく力である。
この記事では、思索そのものの価値と、内向型と外向型における思索の違いについて解説していく。
目次
2つの思索|タイプ別の得意なこと
内向型は、その性質上「思索家」としての適性を持っている。
つまり、内向型は考えることが得意だと言えるが、思索は決して内向型だけの専売特許ではない。
内向型の「存在」を問う思索
内向型の思索は「自分はどうあるべきか」といった問いを軸に、深海を潜るように内側へと向かっていく。
内向型の思索
目的:納得、統合、静寂、本質の理解
特徴:主観的であり、答えが自分の内側にのみ存在する
これは単に、哲学的な問いを好むという意味ではない。
その場で何を選び、どう振る舞うかを見極める「現場での自己判断力」でもある。1
どのようにスピーチをすれば、相手により伝わりやすいだろうか?
どうすれば、顧客満足度は高まるだろうか?
思考の基準が「自分の道徳・倫理・感情・利他心」に置かれているため、内向型の思索は自然と深くなる。
外向型の「行動」を促す思索
外向型の思索は「社会の中でどう生きるか」という問いを軸に、社会との関係性や具体的な行動を基準として展開される。
外向型の思索
目的:社会的成功、成長、社会貢献
特徴:客観的であり、外部の刺激や成果と結びついている
例えば、多くの投資書や社会的成功を扱う書籍は、基本的に外向的な思考様式を前提としている。
投資は「高刺激」的なエンターテインメント性を持つ。
社会的成功は、「今よりも強くなりたい」という前向きな情動と結びついている。
自らの行動と結果を参照し、次の一手を組み立てていく論理的な思索こそが、外向型の大きな強みだ。
内向型は「思索が得意なタイプ」として語られることが多い。
しかし、内向型の基準の1つに「刺激をあまり求めない」という特性がある。
これは「成功」や「外的な成長」といったテーマそのものを、思索の対象にしにくい側面も持っている。
そのため、社会での最適解を探り、成果へと結びつけていく思索は、外向型が得意とする領域だと私は考えている。
多くの人は両方の「思索法」を行う
現代科学の性格理解では、内向型/外向型といったユング心理学的な二分法はあまり使われていない。
かわりに、外向性の高低を連続的に捉えるスペクトラム的な考え方が主流である。
性格心理学におけるビッグファイブ理論では、外向性は「ポジティブ情動性」を軸とした特性とされている。
ポジティブ情動性とは「快(刺激)をどの程度求めるか」という傾向を示す個人差のことだ。2
この「快」は、脳の報酬系であるドーパミンと強く関連している。
一方で、この反応が比較的弱いとされる内向型では、アセチルコリンが働きやすいと言われている。3
アセチルコリンは「思考」や「感情の内省」と関係が深いため、内向型は思索的になりやすい傾向がある。
この理論に基づけば、極端な内向型や外向型は少なく、多くの人は両方の特性を持つ「両向型」に分類される。
「自分はどうあるべきか」という内的な思索と、「社会の中でどう満たされたいか」という外的な欲求。
その思考の比率を振り返ってみると、自身の傾向が見えやすくなるかもしれない。
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思索の「両利き」になる
「どうあるべきか」という自分軸の思索と、「社会でどう満たされるか」という社会軸の思索。
この2つの思索を掛け合わせることで、人はより確固とした自己を形づくることができる。
内向的な思索を「心臓」にする
内向型の思索は、深海のように奥行きがある。
一見すると目立たない人物であっても、その内的世界がきわめて豊かである場合は少なくない。
そして、その内的世界を極限まで突き詰めた営みが「哲学」である。
「自分はどのように存在するべきか」という問いに明確な軸を持つことで、人は内発的動機づけを獲得する。4
内発的動機づけとは
「自分を軸にして行動する」心理状態を指す、自己決定理論(SDT)で用いられる概念。
自律性・関係性・有能性の3つの欲求が満たされることで、内発的動機づけは高まるとされている。
内発的動機づけが高まると、より持続的な幸福感が生まれやすい。
つまり、人生に直接的な実利をもたらさない「自分は何者であるか」という思索であっても、意義があるのだ。
外向的な知恵を「鎧」にする
外向型の思索は、実利的な価値を持っている。
内向型のように「どのように存在するか」を重視する人ほど、お金や社会的評価に価値を感じにくい傾向がある。
実際、私自身も「他者の評価は気にしない。自分らしく生きる」という考え方を持っていた。
しかし、それだけでは不十分である。生物学的に見れば、人は他者の評価を完全に無視することはできない。5
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だからこそ、外向型的な「前に進め」「成果を出せ」といった思考様式は、参考にすべき知恵でもある。
もちろん、内向型と外向型では生まれ持った気質に差があり、そのまま模倣することは難しい。
なら、外向型の知恵を自分の本質そのものに組み込む必要はない。
「鎧」のように必要な場面で身にまとうものとして扱えばいい。
どのようにして両利きになるか
内向型の思索的な「本質」と、外向型の思索的な「実利」。私はどちらも、社会で有用な思索だと考えている。
では、どうすればこの2つの思索を自分の中に取り込み、「人生」に変えていくことができるのか。
私が勧めたい方法は、読書である。
内向型の人は「自分は何を求めているのか」という社会的欲求を自覚し、それに合った本を探してみる。
外向型の人は「これまで想像もしなかった」本質的な生き方を、哲学や物語の中に探してみる。
書籍とは優れた媒体である。他者の知恵や思索を、これほど容易に取り込める手段は他にない。
ただし、本を読むだけでは不十分だ。読書のあとに「自分の頭で考える」ことではじめて意味が生まれる。
前提として、本は正解を教えてくれない。
そもそもどんな本にも正解など書かれていない。あなたの答えは、あなた自身の思索の中にしか存在しない。
それでも、思索のきっかけとして、読書以上に優れたものはないと私は思っている。
まとめ|どちらの思索にも価値がある
内向型の思索と、外向型の思索。
ここまで両者の性質について考えてきたが、これらはあくまで私自身の知識と経験に基づく解釈にすぎない。
主にビッグファイブ理論を参照しながら「仮説」として提示してきたが、当然ながら正解である保証はない。
私がこの考え方を採用しているのは、社会で生きるうえで、少なくとも私自身にはしっくりきているからである。
つまり、本記事の内容は「私という内向型が行った思索」そのものだ。
この思索の捉え方は、あなたにとって本質的、もしくは実利的なヒントになるだろうか。
✅ この記事のまとめ
- 内向型の思索は「自分はどうあるべきか」を問う、内側へ深く潜る思索である。
- 外向型の思索は「社会でどう生き、どう成果を出すか」を基準にした、行動と結果を結ぶ思索である。
- 多くの人は内向型と外向型の両方の特性を併せ持ち、思索もまたスペクトラム上に存在している。
- 内向的な思索を「心臓」に、外向的な知恵を「鎧」にすることで、思索は人生に活かせる力になる。
免責事項
私は心理学や医療の専門家ではなく、診断や助言を行う立場にはありません。
本記事は研究や書籍、筆者の経験をもとにした参考情報です。
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