「デジタル機器の使い過ぎはよくない。脳疲労や眼精疲労、睡眠不足や運動不足に繋がるから」
だから使用は控えよう。——道理である。しかし、本当に問題はそこなのだろうか?
私は介護士として、「行動に対処するだけでは解決しない」場面を何度も見てきた。
人はたとえ認知症であっても、理由なく行動しているわけではない。
「危ないから外に出ないでください」VS「家で息子が待っている。だから帰る」
「あの人は財布を取っていません」VS「状況的に取ったのはあの人しかいない(と思っている)」
行動だけを止めても意味はない。原因に触れなければ、同じことは繰り返される。
では、デジタル機器の使い過ぎの原因は、どこにあるのだろうか?
「スマホの時間を減らす」「なるべく触らない」——これらはあくまで表面的な対処にすぎない。
スマホなのか。時間なのか。SNSなのか、それとも別の何かなのか。
この記事では、デジタル依存の構造をひも解きながら、根本的な解決としてのデジタルデトックスを考えていく。
目次
デジタルデトックスの誤解
スマホの使用を強制的に制限する「タイムロッキングコンテナ」というアイテムがある。
タイマーを設定すると鍵がかかり、終了まで中の物を取り出せない仕組みだ。
しかし、コンテナを破壊してスマホを取り出した人を私は知っている。
そこまでいかなくても、タイマー終了と同時にSNSに猛然とログインした経験はないだろうか?
「スマホに触れない」に意味はあるのか
デジタル機器の長時間使用によるデメリット(脳疲労、眼精疲労、睡眠不足)を避けるためにスマホに触れない。
たしかに対処としては間違っていないだろう。
しかし根本的な解決ではない。なぜスマホやパソコンに触りたくなるのか、を考える必要がある。
「触りたい理由」を調べるのは簡単だ。長時間触れずにいたとき、自分が何を考えているかを見ればいい。
SNSの返信が来ているかもしれない
好きな投稿者の動画が更新されているかもしれない
なんとなく落ち着かない
これらはすべて、スマホに何かを期待しているからこそ生まれる思考ではないだろうか。
つまり、スマホに触れなくても、その期待自体は消えていないことになる。
スマホ時間を減らしても疲れる理由
スマホに「何かを期待」しているから、その期待を満たすためにスマホを使用する。
しかし、長時間使用してしまうということは、期待を満たすと同時に、新たな期待を生み出している証拠でもある。
このからくりには脳の報酬系(ドーパミン)が関係している
ドーパミンは本来、生存に必要な活動(食事や生殖)を促す報酬物質だが、
SNSの多くは「長時間使用してもらう」ために、報酬系を過剰に刺激する仕組みになっている。
スマホに触れない時間を作っても、スマホに生み出された期待は残り続ける。その結果、触りたくてたまらなくなる。
結果として、スマホに触れていない時間は「期待だけが空回りして集中できない」という状態になる。
本当の原因は「未処理の情報」にある
ここまでは、アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』が話題になったように、多くの人が知っている内容だろう。
「知っていてもやめられない」——それがデジタル機器である。
しかし、これも本当の原因と言えるだろうか?
「スマホは期待を生み、そして満たすからやめられない」——では、その期待の正体は何か。
私は視点を一段下げて考えたい。
未処理の情報——すなわち、未完了のタスクであり、見えない「やることリスト」である。
たとえば「SNSの返信を見たい」という欲求も、分解すればいくつかのタスクに分けられる。
SNSの返信が見たい、というタスク
返信が来ているかもしれないという期待を満たすタスク
返信が来ていた場合にどうするかを考える仮定のタスク
新しい投稿があるかもしれないという期待を追うタスク
これらはすべて未完了の情報であり、脳内に積み上がる「やることリスト」である。
しかもこのリストは、報酬系と結びついているため、優先度の高いタスクとして扱われやすい。
ドーパミンは本来、生存に必要な活動(食事や生殖)を促すための報酬物質である。
なぜ未完了の情報は脳を疲れさせるのか
SNSは期待を満たしながら新たな期待を生み続ける。
つまり、未処理の情報(やることリスト)が増え続ける仕組みだ。
物理的にスマホに触れていなくても、タスクが脳内にある限り、エネルギーは消費され続ける。
人は「取得」ではなく「期待」に反応する
パブロフの犬をご存じだろうか。報酬系を説明するうえで、もっとも有名な実験のひとつだ。
パブロフの犬
ロシアの生理学者イワン・パブロフが、犬の唾液分泌実験で発見した条件反射。
音(ベル)と食事を繰り返し結びつけると、音だけで唾液が出るようになる。
重要なのは「食事そのもの」ではなく「食事がもらえるという期待」に対して反応している点だ。
これは人間も同じである。人は何かを得た瞬間ではなく、得られると期待した瞬間に強く反応する。
先ほどの「未完了の情報」の例で考えると分かりやすい。
未処理の情報(タスク)
返信が来ているかもしれないという期待を満たすタスク
返信が来ていた場合にどうするかを考える仮定のタスク
新しい投稿があるかもしれないという期待を追うタスク
つまり、スマホに触っているかどうかは本質ではない。未処理の情報が脳内に残っている限り負荷は消えない。
デジタルデトックスで「触れない時間を作る」だけでは、根本的な解決にはならない。
心理的な問題は物理的に解決できるのか
未処理の情報は、SNSなどの「企業戦略」によって報酬系を刺激され、増え続けていく。
つまり「スマホに触りたい」という欲求の正体は「情報に触れたい」という欲求である。
心理的な情報の問題であるにもかかわらず、対処の対象が「物理的な機器」に向けられやすいのはなぜだろうか。
たとえば私は読書が好きで、本屋を覗くだけで「読みたい本」が10冊は増える。
しかし、金銭的に毎回すべてを買えるわけではない。
買えなくても「読みたい本」が消えることはない。「本を読みたい」という未完了の情報は脳に残り続ける。
脳内に未完了の情報がある限り、無意識下で『欲求の処理』という意思決定をループし続けている
ふとした瞬間に「あの本を買えばよかった」と思い出し、意思決定のリソースを占有する。
このような心理的な問題を、物理的な手段だけで解決するのは難しい。
私の「読みたい」という内的な理由でも、SNSの「通知」という外的な理由でも、期待というタスクには違いない
人の意思決定の数には限界がある
人は1日に約3万5千回の意思決定をしていると言われている。
これは簡単に言えば「何を選ぶか」「どう行動するか」を判断することの積み重ねである。
意思決定が増えすぎると、判断力や行動制御が低下することが科学的に知られている。
つまり、人が1日に使える意思決定のリソースには限りがある。
では、未完了の情報をそのまま頭に残し続けるとどうなるか。
意思決定のリソースを占有し続けることになるのではないだろうか。
未処理の情報=「確認するか」「あとで見るか」「今は我慢するか」という微細な意思決定のループ
情報は「完了させる」ことで軽くなる
経済学には「機会費用」という概念がある。
ある選択をしたときに、選ばなかったことで失われた最大の利益を指す言葉だ。
これは未完了の情報にも当てはまる。この場合、失われたものは「得られたかもしれない期待」である。
だが、この考え方にはひとつ問題がある。常に最大の利益を追い求めることが、正しいとは限らない。
「完了」とは何か(買うではなく決める)
期待を「未完了の情報」と定義したのには意味がある。
たとえば「読みたい本がある」という期待(情報)を、どうすれば「完了」させられるだろうか。
答えはシンプルだ。未完了の情報を完了させる方法は、決めて実行することである。
読むと決める
今は読まないと決める
明日読むと決める
重要なのは、「どうするか」を決めることだ。
人は覚えるためにメモを取る。しかし、メモの本質は「忘れるため」にあることをご存じだろうか。
人の脳にはワーキングメモリという作業領域があり、一度に扱える情報量には限界がある。
だからこそ、多くを記憶するにはメモという外部記憶に一度預けて手放すほうが効率的である。
メモをして(実行)忘れる(完了)
これは「未完了の情報」にも同じことが言える。決めて手放せば、意思決定のリソースを消費し続けずに済む。
しかし、問題であるSNSは期待を満たしながら新たな期待を生み続ける構造をしている。
スマホで触れる情報の多くは、決めて手放す前に、新たな期待によって上書きされていく
SNSの「期待のループ」から抜け出すにはどうすればいいのだろうか。
未完了を減らすには、期待を減らす
意思決定のリソースを期待のループから解放するには、期待そのものを生まない環境を作る必要がある。
「集中したいときはスマホを別の部屋に置く」という方法もあるが、それだけでは不十分だ。
「スマホそのものをどうするか」という対策にも意味はあるが、本質は情報流入の制御である。
物理的に距離を置いても期待が消えないこともある。タイムロッキングコンテナを壊す人がいるように。
ではどうするか。そもそも期待できない状況を作る。その上で未完了の情報が増えない環境にする。
たとえば、仕事中はスマホを持たない。ワーキングメモリに残った期待を別のタスクで上書きする。
デジタルミニマリズムも有効だ。ホーム画面からアイコンを減らす。
アイコンが視界に入ると『期待タスク』を生成するきっかけになる
だからこそ、SNSまでの導線を断つ、もしくはアンインストールする。(ブラウザでのみログイン)
デジタルミニマリズムは、合理的な環境設計として機能する。
依存医療の研究で知られるアンナ・レンブケ博士によると、悪習慣を断つには約1ヶ月が必要だと言われている。
逆に言えば、「期待のループ」は習慣によって断ち切ることができるということでもある。
情報の費用対効果で人生を設計する
時短家電と呼ばれるものがある(ドラム式洗濯機・食洗機・ロボット掃除機)
忙しい現代人にとって、時間は貴重な資源である。その時間を節約できる時短家電はたしかに便利だ。
だが、本当にそれでいいのだろうか。
節約した時間で未完了の情報を増やしているのであれば、それは単なるリソースの浪費である。
家事は、強制的にデジタルから離れる時間として機能する。結果として、思考をリセットする役割も果たす。
家事は「皿を洗う」という単一のタスクを完了させる行為であり、次々に期待が湧くスマホとは対極にある。
これは「時間の最大化」を優先するあまり、本質を見誤っている例のひとつだ。
もし「好きなことのために時間を使いたい」のであれば、優先するべきは時間の確保だけではない。
意思決定の余力も確保することである。
家事 VS デジタル機器:どちらが意思決定のリソースを奪うかは明らかだ。
人生を設計するうえで重要なのは、時間の費用対効果ではない。情報の費用対効果である。
情報の費用対効果
その情報(期待)を抱えることで消費される「意思決定リソース」に対して、得られる「本質的な価値」がどれだけあるか。
まとめ|表面的な対処はやめよう
デジタルデトックスの本質は、デジタル機器に触れないことでも、時間を減らすことでもない。
その情報を抱えることで生じる、利益と損失を見極めることにある。
人は「プロスペクト理論」にあるように、合理的な利益よりも損失の回避を優先する傾向がある。
これは「一度生まれた期待を失うこと」を避けようとする心理でもある。
つまり、利益と損失の捉え方を反転させればいい。鍵になるのは、意思決定のリソースと情報の費用対効果である。
利益と損失の反転
スマホに触れることで意思決定のリソースは削られる。
同時にSNS以上の価値ある期待に触れる機会も失われていく。
SNSの最新の話題に乗り遅れることは、あなたの人生全体で、どこまで重要だろうか?
ここまでが心理的な対処である。では、行動としてはどうするか。
期待できない環境に身を置き、未処理の情報を増やさない習慣を作る。
結局は、デジタル機器を根性や意志の力だけで押さえつけるのは難しい。だから環境の再設計が重要になる。
以上を、私流のデジタルデトックスの方法として提示したい。
免責事項
私は心理学や医療の専門家ではなく、診断や助言を行う立場にはありません。
本記事は研究や書籍、筆者の経験をもとにした参考情報です。
内容を鵜呑みにせず、ご自身の感覚を大切にしながらお読みください。
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参考文献
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