「人の頼みを断れない」「断ったら相手に悪い」
こうした悩みを抱えている人は、意外に多いのかもしれない。
たとえば、私の母もそうだ。前に「行かないとしょうがないよね」と言いながら食事会に出かけていた。
私が以前いた職場でも「めんどくさいな」と愚痴をこぼしながら、残業して同僚の仕事を手伝っている人がいた。
こうした行為は、「付き合いがいい」「優しい」と周囲から評価されやすい。
しかし、それはあくまで周囲から見た評価である。
本人が嫌だと感じているなら、善意で引き受けたことでもストレスになる。
では、嫌なことを嫌だと伝え、頼みを断るにはどうすればいいのだろうか?
そもそも、なぜ私たちは頼みを断れなくなるのだろうか?
この記事では、頼みを断れない心理について考えながら、自分と他者の間に境界線を引くということについて考えていきたい。
目次
なぜ頼みを断れないのか?
まずは、なぜ私たちは「断れない」という心理になるのか、その理由を考えてみたい。
「嫌われたくない」という本能
「嫌われたくない」という感情は、思いのほか強い。なぜこのような感情が生まれるのだろうか?
その背景を考えるうえで、参考になるものの一つが進化人類学である。
現生人類であるホモ・サピエンスが誕生したのは、今からおよそ20万~30万年前と言われている。
農耕革命が起こったのは約1万年前、産業革命はわずか数百年前である。
長い人類史の中では、農耕や産業化以前の狩猟採集を中心とした生活が大部分を占めている。
これはつまり、人類の心理や行動傾向の一部は、狩猟採集時代を中心として形成されてきたと考えることができる。
そして人類は長い歴史の大部分を、他者との協力が欠かせない小規模な共同体の中で暮らしてきた。
人類学者のロビン・ダンバーが提唱した「ダンバー数」では、
人間が安定した社会関係を維持できる人数の目安は、およそ150人とされている。
ただし「狩猟採集民が常に150人の共同体で暮らしていた」わけでもなく、固定されているわけでもない。
それでも、現代と比べれば、私たちの祖先が比較的小さな共同体の中で人間関係を築いていたことは想像できる。
現代のような社会保障や医療制度もなく、野生動物や飢えなどの危険にもさらされていた時代である。
そのような環境で共同体から排斥されたら、どうなるだろうか。
共同体から孤立することは、生存に大きな影響を与えた可能性がある。
だからこそ私たちには、孤立を避け、他者とのつながりを維持しようとする強い傾向があるのかもしれない。
価値観から生まれる「べき論」
人にはそれぞれ道徳観や価値観があり、それは時として他者と対立する。
価値観の違い
他者を尊重する人・自分の意思を優先する人
伝統を守る人・効率を模索する人
正しい信じていること・信じていないこと
人との関わり方に関係する性質の一つに「協調性」がある。
ビッグファイブと呼ばれる性格特性の一つで、協調性が高い人は、他者への配慮や協力を重視する傾向がある。
そのため、人から頼まれたことを断りにくかったり、自分よりも相手の都合を優先したりすることもあるだろう。
ここで重要なのは、協調性という性格特性そのものに、善悪があるわけではないということだ。
性格には生まれ持った傾向が関係している一方で、環境や経験なども影響する。
つまり、「協調性が高いから良い人」「協調性が低いから悪い人」と単純に分けられるものではない。
現代の日本でも、「無償の愛」や「強い共感性」を他者に示す人は、善人として評価されやすいように思う。
では、協調性を「良いこと」だと考えている人は、協調性の低い人に対して、どのような印象を持つだろうか?
「チームの空気や足並みを乱す、身勝手で扱いにくい人」と見なしてしまう。
「みんなが我慢して合わせているのに、自分勝手に振る舞ってずるい」と不満を抱く。
「他者への配慮が足りず、社会人としての常識や思いやりに欠ける」と評価を下す。
こうした考え方は、たやすく「人はこうするべき」という「べき論」につながっていく。
そして、「断ることは悪いこと」「頼まれたら応えるべき」と考える人が多い環境ではどうだろう。
こういった価値観を、自分自身にも、他者にも押しつけてしまえば、断ることはますます難しくなる。
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自分と他者の境界線
ここからは、「境界線を引く」とはどういうことなのか、その意味について考えていきたい。
自分の領域と相手の領域を分ける
心理学やカウンセリングの領域では、「バウンダリー」という言葉が使われる。
これは、自分と相手との間にある心理的な境界線を指す言葉である。
たとえば治療者と患者の関係では「社会的役割と個人的な関係」の境界線を適切に保つ必要がある。
自分の感情や考え、行動と、相手の感情や考え、行動を区別できることは、人間関係を考えるうえで重要である。
ただし、「境界線が明確であれば必ず自立している」わけではない。
「境界線が曖昧であれば自立できていない」と単純に考えられるものでもない。
考え方の例
自分は自分、あなたはあなた
自分も尊重し、あなたも尊重する
あなたの行動は自分に影響する
自分の行動は相手に影響する
大切なのは「自分の領域」と「相手の領域」を意識して区別すること。
境界線を引くことは相手との関係を断つことではなく、自分と相手は別の人間だと認識することである。
「冷たさ」と「礼儀」は違う
いつの時代にも「最近の若者」というステレオタイプは存在する。現代も例外ではない。
最近の若者(社会人)
会社の地位や肩書きに固執しない
飲み会に行かない
残業しない・仕事以外の生活を重視する
世代によって価値観が異なるため、上司や年長者からすると一緒に働きづらいと感じることもあるかもしれない。
しかし、会社の地位や肩書きに固執しないことは悪いことではない。
飲み会を断ることも、それ自体が悪いわけではない。
問題になるのは、相手に不必要な反感を抱かせる言い方や、礼儀を欠いた態度である。
これは単に距離を置くこととは別の話だと、私は思う。
逆に、自分とは異なる価値観を持つ人に対して「それは間違っている」と一方的に考えを押しつけるのも問題だ。
それもまた、相手の境界線を尊重しているとは言い難い。
働き方が多様化している今、仕事に対する向き合い方は千差万別である。
だからこそ、相手と異なる選択をすることと、相手への礼儀を欠くことは分けて考える必要がある。
「行きたくないので」「時間の無駄なので」「興味がないので」
こうした言葉でも断るという意思そのものは伝わる。しかし相手に対する配慮はない。
相手への配慮がなければ、必要以上に関係を悪化させることもある。
境界線を引くことと、相手を雑に扱うことは違う。
自分の意思を守りながら、相手への礼儀も守ることはできる。
自分を守るための線引き
では実際に、どのように自分と他者の境界線を引けばいいのだろうか?
理屈では分かっていても、感情を簡単にコントロールできるわけではない。
「気にするな」「嫌われてもいい」と言われても、そう簡単に割り切れるものではない。
だからこそ、いきなり自分を変えようとするのではなく、まずは自分の性質を理解する。
そのうえで、少しずつ線引きの仕方を考えていく必要がある。
まずは小さなルールから始める
自分が今、人間関係に関して「後悔するのにやめられない」と感じる瞬間はいつだろうか。
たとえば、SNSに張り付いて返信をチェックしたり、やることがあるのに相手の都合を優先したり。
こうした状況を変えるための、もっとも手軽な方法の一つが、あらかじめ自分の中でルールを決めておくことだ。
スマホに関していえば、「寝る前の1時間はスマホに触らない」と決める方法がある。
スマホに触らない時間を、読書や趣味にあてれば、スマホとの距離を置きながら、自分の時間も確保できる。
ただ「スマホに触らない」と決めただけでは、スマホを使いたいという欲求は簡単には消えないだろう。
だからこそ、スマホを使わない時間に集中できる何かを見つけておくことも大切になる。
相手を優先してしまう場合も同じだ。自分の中でルールを決め、それを必要に応じて相手に伝えておく。
ルールを決めて相手に伝える
「日曜日の夜は家族と過ごすって決めているんです」
「20時以降はスマホを見ない習慣にしているんです」
「予定は一週間前までに決めるルールにしているんです」
あらかじめ伝えておけば、その場で断るよりも意思を伝えやすくなり、相手との不要な摩擦も避けやすい。
また、自分のルールを周囲に伝えておくことは「自分で決めたことを守ろう」という心理的な動機づけにもなる。
こうした考え方は、心理学で「パブリック・コミットメント」と呼ばれることがある。
自分に合う「ちょうどいい線」を探す
「予定は一週間前までに決めるルールにしているんです」
と伝えても、相手から「融通が利かない」と思われる可能性はある。
でも、相手がどう感じるかまで自分の責任ではないし、すべてを背負う必要もない。
「融通が利かない」と思われたとして、それだけで人間関係が壊れるものだろうか?
少なくとも、「事前に伝える」という礼儀は守っている。
もちろん、仕事では緊急性の高い状況もあるだろう。
その場合も、あらかじめ自分なりの基準を決めておくと判断しやすい。
- 緊急性が高い:優先して取り組む
- 緊急性が低い:自分の予定や余力を考えて判断する
- 優先度が低い:無理に引き受けない
人によって「無自覚に持っている境界線」はまったく異なる。
自分がどこまでなら引き受けられるのか、どこからは難しいのかを考え、自覚的に境界線を引く意志を持ちたい。
境界線に唯一の正解があるわけではないし、固定する必要もない。
自分の性格や生活、相手との関係に合わせて、「ちょうどいい線」を探していこう。
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免責事項
本記事は、各種データや社会的な視点をもとに、筆者個人の見解として考察をまとめたものです。
取り上げたテーマには多角的な議論や様々な立場が存在します。
また、記事の内容は客観的な正解や絶対的な基準を保証するものではありません。
あくまで物事を考える上での一つの視点として、ご自身の価値観や判断を大切にしながらお読みください。
参考文献
【サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福】
ユヴァル・ノア・ハラリ(著)柴田裕之(訳)河出書房新社:2016年
【孤独の本質 つながりの力 ― 見過ごされてきた「健康課題」を解き明かす】
ヴィヴェック・H・マーシー(著)樋口武志(訳)飛鳥新社:2023年
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