疲労とは、いったい何なのだろうか?
多くの啓蒙書や健康に関する本では、疲労について次のように説明されることがある。
疲労には「細胞の酸化」が関係している。
「細胞の酸化」とは、活性酸素などによって細胞膜やDNA、タンパク質が損傷する現象を指す。
要は、「リンゴの断面がだんだんと茶色くなっていく現象」が、体内でも起こっているということだ。
こうした酸化ストレスは、疲労に関わる身体の変化のひとつとして研究されている。
しかし、そもそも私たちが感じる「疲労感」と、実際に体に生じている「疲労」は比例しているのだろうか?
疲れにくい人は、疲労感を感じていないときも「体は疲労している」のだろうか。
それとも、単に「疲労感を感じていない」だけなのだろうか?
そして、私たちは疲労感を感じていないときでも休むべきなのだろうか?
この記事では、疲労と疲労感の違いについて考えながら、疲労が蓄積すると身体で何が起こるのかを見ていきたい。
目次
「疲労」と「疲労感」は違う
まず、疲労と疲労感の違いから見ていきたい。
簡単に言えば、疲労は身体に生じている状態であり、疲労感はその異変を知らせる生体アラームである。
疲労医学者の近藤一博氏は、疲労感について次のように説明している。
過剰な活動によって体の組織に障害が生じているときに、脳にその危険を知らせてくれるのが「疲労感」という感覚です。
近藤一博『疲労とはなにか すべてはウイルスが知っていた』
疲れを感じなくても疲労はある
疲労と疲労感は同じものではない。
疲労とは身体に生じている変化であり、疲労感とは、その異変を脳が知らせる感覚である。
誰もが一度や二度は、疲労感をエナジードリンクや栄養ドリンクなどでごまかした経験があるだろう。
これらによって一時的に疲労感を感じにくくなったとしても、身体の疲労そのものがなくなるわけではない。
同じことは、運動中に気分が高揚し、疲れを感じにくくなる「ランナーズハイ」にも当てはまる。
ランナーズハイでは運動によって脳内の物質が変化し、痛みや疲労感が一時的に変化すると考えられている。
つまり、「疲れを感じないこと」と「身体が疲れていないこと」は、必ずしも同じではない。
筋力トレーニングでも同様だ。体の「感覚と状態」を履き違え、無理をすると簡単に怪我につながる。
「まだいける」と感じていても、運動によって筋肉や神経系には一定の負荷がかかっている。
疲労感は身体からの警告
私たちの身体には、異物や組織の異常に対して反応する免疫システムがある。
その働きに関わっているのが、炎症性サイトカインと呼ばれる物質だ。
炎症性サイトカインは、免疫細胞などから放出され、炎症反応を調整する働きを持っている。
これまで、こうした炎症性サイトカインが脳に作用することで、疲労感が生じると考えられてきた。
しかし、近藤一博氏は生理的な疲労に関して「炎症性サイトカインだけでは説明できない」としている。
なぜなら、日常的な活動による酸化ストレスを免疫反応で処理すると、それだけで体を酷使することになる。
つまり、身体に負荷がかかったときに生じる生理的な疲労は、免疫反応だけで語りきれない。
感染症や病気などに伴って生じる病的な疲労(免疫反応)と、同じものとして考えるべきではない。
この違いを整理すると、次のように考えることができる。
生理的な疲労(日常的に感じる疲労)と、病気などに伴う病的な疲労は異なる。
病的な疲労を伴う状態としては、風邪や細菌感染症のほか、慢性疲労やうつ病などが挙げられる。
生理的な疲労は休息によって回復するが、病的な疲労では原因に応じた治療が必要になることもある。
では、本来なら休息によって回復するはずの生理的疲労が、回復しないまま蓄積するとどうなるのか。
その変化を考える手がかりになるのが、生理学者ハンス・セリエが提唱した「汎適応症候群(GAS)」である。
疲労が病的な疲れに変わる仕組み
汎適応症候群とは、強いストレスに対して身体が示す一連の反応を指す。
この反応は、大きく三つの段階に分けられる。
汎適応症候群
反応期:ストレスを受けた直後に身体が反応し、ストレスに対抗するための準備をする時期
抵抗期:ストレスに適応しようと、心身が活動性を高めながらバランスを保とうとする時期
疲憊期:ストレスが長期間続くことで適応力が低下し、心身がストレスに耐えにくくなる時期
生理的疲労を放置し、十分な休息を取らない状態が続けば、身体への負担は次第に大きくなっていく。
「精神的に限界を迎える」という言葉があるが、これは疲憊期の末期状態に近いと考える事も出来る。
ストレスに対して身体が反応する過程には、ホルモンによる情報伝達システムも関わっている。
それが、HPA軸(視床下部-下垂体-副腎皮質系)である。
ストレスとHPA軸の働き
HPA軸とは、ストレスに対して身体が反応するときに働く内分泌系のストレス応答システムである。
HPA軸(視床下部-下垂体-副腎皮質系)
STEP
視床下部
ストレスを受けると、視床下部からCRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)が分泌される。
STEP
脳下垂体
CRHを受けた脳下垂体からACTH(副腎皮質刺激ホルモン)が分泌される。
STEP
副腎皮質
ACTHを受けて、副腎皮質からコルチゾールが放出される。
コルチゾール
ストレスへの反応に関わる代表的なステロイドホルモン。
エネルギー代謝を調整するほか、免疫反応や炎症反応を抑制する働きも持つ。
この仕組みは、危険に直面したときに身体を素早く活動できる状態へ切り替えるうえでも重要だ。
たとえば、生物が外敵に遭遇した瞬間に「疲れているから逃げるのをやめよう」とはならない。
命の危機に直面したときには、ストレス応答によって身体が一時的に高い活動状態になる。
普段なら感じている疲労や痛みが感じにくくなることがある。
例えば「闘争・逃走反応」も応答システムの1つニャ。
しかし、疲労そのものが消えたわけではない。
そのため、ストレスによって疲労感を感じにくくなった状態を「回復した」と考えるのは危険である。
HHV-6とSITH-1の関係
HPA軸が働いて一時的に疲労を感じにくくなったとしても、疲労そのものが消えるわけではない。
では、疲労が蓄積した状態から、病的な疲労へと進む過程では、身体の中で何が起きているのだろうか。
その仕組みを考えるうえで近年注目されているのが、ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)。
それと、細胞のストレス応答に関わるeIF2αのリン酸化である。
ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)
多くの人が幼少期に感染し、その後も体内に潜伏するヘルペスウイルスの一種。
免疫状態などの影響によって、潜伏していたウイルスが再活性化することがある。
eIF2αのリン酸化
eIF2αは、細胞内でタンパク質を合成する過程に関わる因子のひとつ。
細胞が強いストレス(酸化、小胞体、ウイルス感染)を受けるとタンパク質合成を抑える働きをする。
eIF2αのリン酸化の過程を「統合的ストレス応答(ISR)」という。
ここで関係してくるのが、HHV-6の再活性化に伴って発現するとされるSITH-1というタンパク質だ。
SITH-1はカルシウムイオンを放出することで、細胞内のストレス反応を引き起こす可能性が示されている。
近藤氏らの研究では、HHV-6の再活性化に伴ってSITH-1が発現し、嗅球のアストロサイトに作用する。
アストロサイトは脳のホルモン伝達、調整などの環境維持を行なっている。
この過程でアストロサイトの機能に変化(eIF2αのリン酸化)が生じ、神経細胞を取り巻く環境にも影響を及ぼす。
その結果、脳内の情報伝達や感情・意欲を司るネットワークそのものが正常に働かなくなる。
このように、研究ではHHV-6の再活性化やSITH-1が、脳の炎症・抑うつ症状に関係する可能性が示唆されている。
脳のストレスと慢性疲労
HHV-6は多くの人の体内に潜伏しており、免疫状態などの変化によって再活性化することがある。
そのため、ストレスや免疫系との関係についても研究が進められている。
繰り返すが、生理的な疲労と病的な疲労は同じ仕組みで生じるわけではない。
生理的な疲労が十分に回復しない状態が長く続くことで、慢性的な疲労へとつながる可能性も考えられる。
前述した「生理的な疲労は免疫反応だけでは語りきれない」という考え方も、ここにつながってくる。
生理的な疲労では、身体にかかった負荷に対して活動を抑え、回復を促す方向へ働く。
これは、いわば脳が身体に直接ブレーキをかけている状態と考えられる。
ブレーキ(疲労感)という身体からの警告を無視して無理を重ねれば、体の調整機能に負担をかける
そして、十分な回復がないまま負荷が続けば、身体の調節機能はうまく働かなくなる。
この「調整機能の破綻」が引き金となり、体内で別のスイッチが入ることもある。
それが、潜在ウイルス「HHV-6」の再活性化である。
これらのことを考えると、疲労感に対するイメージは一変するかもしれない。
疲労感は単なる「疲れた」という感覚で終わらせていいものではない。
疲労感は「これ以上無理をすれば身体のバランスが崩れるかもしれない」と知らせる警告でもある
もちろん「HHV-6が再活性化している/していない」だけで慢性的疲労を語りきれるわけでもない。
そもそも、HHV-6はあくまで病的疲労のトリガーの一つに過ぎない。
本質的に重要なのは、その結果として脳細胞で起きる「eIF2αのリン酸化(緊急停止反応)」なのだ。
「まだいける」と思ったときこそ休む
ここまで、疲労と疲労感、そして身体のストレス応答について見てきた。
その中で登場したeIF2αのリン酸化も、細胞が強いストレスを受けたときに働く防御反応のひとつだ。
eIF2αがリン酸化されると、細胞内では通常のタンパク質合成が一時的に抑えられる。
細胞がこれ以上ダメージを受けないように、活動を抑えて立て直すための保護ブレーキとして働く。
なぜなら、細胞が強いストレスを受けているときにタンパク質を作り続ければ問題が発生しやすいからだ。
私たちも疲れているときには、集中力が落ちてミスが増える。
細胞も強いストレスを受けているときには、いつもどおりに働けるとは限らない。
私たちの身体では、筋肉や内臓、皮膚、血液など、さまざまな組織の構造や機能にタンパク質が関わっている。
だからこそ、細胞がタンパク質を合成する働きを一時的に抑えることは悪いことではない。
これは、身体の「工場」が無理な稼働を止めて、修復を優先している状態とも考えられる。
そして、酸化ストレスなどの細胞ストレスは、eIF2αのリン酸化を含むISRを活性化させることがある。
つまり、疲労によって身体が「もう休ませてほしい」とブレーキをかけることには、細胞レベルでも意味がある。
疲労を蓄積させない
eIF2αのリン酸化は細胞がさまざまなストレスに対応するために備えている、基本防御システムのひとつだ。
eIF2αのリン酸化には、主に4種類のキナーゼ(リン酸化酵素)が関わっている。
それぞれの働きを見ていくと、疲労を蓄積させないために何ができるのか、その手がかりも見えてくる。
eIF2αをリン酸化する4つのキナーゼ
PERK:小胞体ストレスに反応する。異常なタンパク質が蓄積したときなどに働く。
PKR:ウイルス感染などに反応し、ウイルス由来のRNAを認識する。
HRI:ヘムの不足や酸化ストレスなど、細胞内のさまざまなストレスに反応する。
GCN2:アミノ酸の不足など、細胞内の栄養状態の変化を感知する。
eIF2αのリン酸化は悪いことではないが、防御システムを常に稼働させ続けるのは体に負担をかける。
だからこそ、日常生活で重要なのは、身体に過剰なストレスをかけ続けないことである。
慢性的な強いストレス・偏った食事・睡眠不足・連日の激しい運動。
これらはeIF2αのリン酸化を招く可能性がある。
ただし、だからといって「疲労はすべて避けるべきもの」というわけではない。
運動や仕事など、適度に身体へ負荷をかけることは、身体の機能を維持するうえでも重要だ。
大切なのは疲労をまったく生じさせないことではない。負荷をかけたら、きちんと回復させること。
十分な栄養をとり、睡眠を確保し、適度に身体を動かす。
こうした基本的な生活習慣によって、身体が本来持っている回復と調整の仕組みを支えることができる。
休息は身体と未来を守る行動
あなたは、栄養ドリンクやエナジードリンクで疲労感をごまかしていないだろうか。
しかし、疲労感やストレスは無視していいものではない。それは身体を守るためのアラームでもある。
疲労を感じにくくなったからといって、身体の負荷までなくなったわけではない。
ゲームで徹夜したり、暴飲暴食をしたり、過剰なストレスに耐え続けたりすることも同じだ。
楽しくてずっと続けられるスポーツも、HPA軸が働いて「疲れを感じていないだけ」なのかもしれない。
「まだ大丈夫」と無理を重ねれば、身体が回復する時間まで削ってしまう。
疲労感を感じたときにはそれを邪魔なものとして消すのではなく、身体からのサインとして受け取ってみてほしい。
疲労感と向き合うことは、未来の自分を守ることでもあるのだ。
免責事項
私は心理学・医学などの専門家ではなく、診断や治療、医学的な助言を行う立場にはありません。
本記事は、研究や書籍などをもとにした参考情報であり、研究途上の知見や仮説も含まれます。
内容を自己診断や治療の根拠とせず、体調や症状に不安がある場合は医師などの専門家にご相談ください。
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